制作年は日本語版・英語版ウィキペディアにもとづきます。資料で差がある作品は、幅をもたせて書いています。階は、公式の日本語パンフレットの作家別索引にあるものだけ載せ、ほかは「要確認」としました。
| 作家・作品 | 制作年 | 階 |
|---|---|---|
| ゴッホ「ローヌ川の星月夜」 | 1888年 | 5階(索引) |
| ゴッホ「オーヴェルの教会」 | 1890年 | 5階(索引) |
| セザンヌ「カード遊びをする人々」 | 1890年代 | 5階(索引) |
| ルノワール「ムーラン・ド・ラ・ギャレットの舞踏会」 | 1876年 | 5階(索引) |
| マネ「オランピア」 | 1863年(1865年にサロン出品) | 要確認 |
| ゴーギャン「タヒチの女たち」 | 1891年 | 5階(索引) |
| スーラ「サーカス」 | 1891年 | 5階(索引) |
| ミレー「落穂拾い」 | 1857年 | 要確認 |
| ドガ「アプサント」 | 1875〜76年 | 要確認 |
| クールベ「オルナンの埋葬」 | 1849〜50年 | 要確認 |
マネの作品は、公式パンフレットの索引では5階に載っていますが、紹介記事では地上階(0階)に置かれているとする例もあります。ミレーやクールベを地上階とする紹介もあり、展示の入れ替えで場所が変わっている可能性があります。現地で最新のマップを確認してください。
モネは、公式の索引でも5階に作品が並ぶ作家のひとりです。英語版ウィキペディアでは、86点が所蔵されると紹介されており、「ルーアン大聖堂」の連作、「ひなげし」、「サン=ラザール駅」などが代表作とされます。
公式の日本語パンフレットでは、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴッホ、ゴーギャン、マネ、モリゾ、スーラが5階に載っています。最上階にあたるため、時間の限られた旅行者は、まずここから見るのが定番です。
1888年9月、ゴッホが南フランスのアルルで描いた夜景です。ウィキペディアによると、ローヌ川の岸、ゴッホが借りていた「黄色い家」から歩いて1〜2分の場所で描かれました。夜空の濃い青と、対岸のガス灯のオレンジ色の対比が印象的です。この絵は1889年に、パリの独立芸術家協会(アンデパンダン)の展覧会に出品されました。ニューヨーク近代美術館にある「星月夜」とは別の作品で、渦を巻く空ではなく、穏やかな夜の景色です。
モンマルトルにあった粉挽き小屋の舞踏場で、日曜の午後を過ごす人々を描いた作品です。当時のパリの庶民が、おしゃれをして踊り、飲み、ガレット(焼き菓子)を食べて夕方まで過ごした、と説明されています。木々の間からこぼれる光の表現が、印象派らしいと言われます。英語版ウィキペディアによると、同じ題名でひと回り小さい版(78×114cm)もありますが、こちらは個人蔵とされます。
カフェに並んで座る男女を描いた作品で、女性の前にはアプサント(薬草系の強い酒)のグラスがあります。モデルは女優のエレン・アンドレと画家のマルスラン・ドゥボータンで、舞台はパリのカフェ・ヌーヴェル・アテーヌとされます。もとの題名は「カフェにて」でした。1876年に初めて見せられたときは、批評家から「醜い」と酷評されたと説明されています。
セザンヌの「カード遊びをする人々」は、日本語版では1893〜96年、英語版では1894〜95年とされ、1890年代の作品と考えておけば十分です。ゴーギャンの「タヒチの女たち(浜辺にて)」は1891年、スーラの「サーカス」は1891年の作品で、いずれもポスト印象派の流れを知る手がかりになります。
5階の展示の構成は、工事の期間に見直されると報じられています。見たい作品の場所が変わる可能性があるため、現地のマップか公式の最新情報で確認してください。
収穫のあとに畑に残った麦の穂を拾う、3人の農婦を描いた作品です。1857年のサロンで発表されました。貧しい農村の人々を、同情をこめて描いたことで知られていますが、当時の中流・上流の人々からは受け入れられなかった、と英語版ウィキペディアで説明されています。画面の大きさは84×112cmです。日本でも広く知られており、「晩鐘」(1850年代末)と並ぶミレーの代表作とされます。
クールベの故郷であるオルナンの町の葬儀を描いた、とても大きな作品です。日本語版ウィキペディアによると、50人ほどの人物が、本来は英雄や宗教の場面に使われる巨大な画面に描かれています。ごく普通の田舎の葬式を、そのままの姿で描いたことが、サロンで大きな反響を呼びました。ウィキペディアでは、19世紀のフランス美術の大きな転換点となった作品と説明されています。
「オランピア」は1863年の作品で、1865年のパリのサロンに出品されて大きな騒ぎになりました。ベッドに横たわる裸婦がこちらを見つめる構図が、当時の観客に衝撃を与えたとされます。モデルは、当時19歳のヴィクトリーヌ・ムーラン。ティツィアーノの「ウルビーノのヴィーナス」に着想を得たと説明されています。1890年に、モネが呼びかけた募金により、フランス政府が買い上げました。
日本の展覧会に貸し出されている期間は、パリで見られないことがあります。東京展の出品作の状況は、公式サイトで確認してください。
公式の日本語パンフレットでは、ロダン、ボナール、ピュヴィス・ド・シャヴァンヌ、ガレ、ポンポンの作品は2階に載っています。アール・ヌーヴォーの工芸や家具を見たい方は、ここが目的地です。
彫刻は、館全体で2,200点を超えるとされます。ロダンの「地獄の門」(1880〜1917年)は、収蔵品として紹介されています。そのほか、カルポーの「ダンス」(1863〜69年)、バリアスの「科学の前にヴェールを剥ぐ自然」(1899年)などが、ウィキペディアの一覧に載っています。工芸では、エミール・ガレやドーム兄弟のランプなどが紹介されています。
印象派の作品が人気ですが、カバネルのような、当時の主流だった「公式の絵画」も多く収められています。印象派がなぜ新しかったのかを、見比べて考えることができるのも、オルセーならではです。
5階には、駅舎だった時代の大時計があります。文字盤の向こうにパリの街が見えるため、写真を撮る人が多い場所です。紹介記事には、時計の裏側から、セーヌ川やルーブル美術館、遠くにサクレ・クール寺院が見えるという説明もあります。公式の日本語パンフレットでは、5階のカフェ・カンパーナは火〜日の10:30〜16:45、木曜は20:45までと案内されています。
19世紀のパリでは、日本の浮世絵が広く知られ、画家たちに影響を与えました。ゴッホ、モネ、ドガ、ホイッスラーなどが、浮世絵の構図や色づかいから刺激を受けたと言われます。オルセーの作品を見るときに、日本との接点を探すのも楽しみ方のひとつです。
モネの「睡蓮」の大きな連作は、オルセーではなく、オランジュリー美術館にあります。英語版ウィキペディアでも、オランジュリーは、モネの大型の睡蓮の壁画の大部分を所蔵する美術館と説明されています。オルセーにも、「睡蓮の池、緑のハーモニー」(1899年)のように、睡蓮を描いた作品はあります。大作の連作を見たい方は、オランジュリーも日程に入れましょう。
以下は当サイトの目安です。展示の状況や混雑で変わります。
| 時間 | 回り方 |
|---|---|
| 60分 | 5階だけを回る。ゴッホ、モネ、ルノワール、セザンヌ、ゴーギャンの順に主な作品を見る |
| 2時間 | 5階をゆっくり見て、地上階でミレーやドガ、中央ホールの彫刻を見る |
| 3時間 | 5階、地上階に加え、2階のロダンやアール・ヌーヴォーを見て、カフェで休憩する |
どのコースでも、まず5階へ上がり、人気の作品を先に見るのが定番です。混雑する時間帯は、旅行者の体験談として、午後の遅い時間と紹介されています。朝の早い時間か、木曜の夕方以降を選ぶと、ゆっくり見られるかもしれません。
ゴッホ、モネ、ルノワール、マネ、ミレーなどの作品が代表的です。ミレーの落穂拾いは、日本でも特に知られています。
公式の日本語パンフレットの索引では5階です。展示は変わることがあります。
睡蓮を描いた作品はありますが、大作の連作はオランジュリー美術館にあります。
英語版ウィキペディアでは86点とされています。展示されている点数ではなく所蔵点数の目安で、数は変わることがあります。
時間が限られているなら、5階の印象派・ポスト印象派から見るのが定番です。そのあとに地上階と2階を回ります。